如是我我聞

仏教書、お聴聞の記録をつけています。

男女平等の現代に生きる人は読んではいけません

読むことが危険ですと書く日が来るとは思わなかった。

 

仏さまの願いとお母さん (御堂電子叢書)

仏さまの願いとお母さん (御堂電子叢書)

 

 

 最初に申し上げておくと、以下で書くことは、著者の東井師が教育界においてなされた功績、著作の内容に関して批判するものではない。

端的に言うと、この本は1977年から1978年まで『南御堂』新聞に連載されたもので、1979年に出版、2012年に再版、2016年に電子書籍化されたものである。

内容はあえて書かないが、

・女性はこうあるべき

・子育てにおいて母はこうあるべき

という昭和的な内容が多分に含まれている。自分は東井師が生きられた時代においては、ほぼすべての日本人が肯首する内容であると思う。だが、2019年にビジネスマンとして生きる自分がこれを読んだとき、正直、恐ろしいほどの男女差別意識を感じざるを得ない。今、この内容をコラムなんかで書いたら炎上必至である。全く時代に合っていない。いろいろな苦労をして子育てをしている世代、とりわけ女性の心をくじく内容がある。

この電子書籍は、Kindle Unlimited対象なので、いろいろな方が手に取る可能性がある。仏教に興味のある人が、東井師のネームバリューで選んで読むこともある。そうなったときに、いくらあとがきに

一部現代には不適切と思われる表現がなされている箇所が見受けられます。しかし、あえて当時の内容のまま配信させていただきますのは、著者の原文を尊重することで、著者が本当に伝えたかったことを現代にそのままお届けしたいという願いによるものです。

と書いても、冒頭にそれがないから全く意味をなしていない。

この本の読み方としては、当時、戦後のこういう時代だったときに教育者であった著者がどのように子供と向き合っていたかという、歴史的な読み解きをするしかない。昔の著作を振り返って、「しかしながら、この現代では・・・」と誰かがフォローを入れているわけでもないのだ。

今、迷いや苦しみの中にある人、とりわけ女性が、わからずに読んでしまうと、本当に引いてしまう。聞けなくなってしまう。多分途中でやめる。

東井師の子供たちへの接し方は、今でも学ぶところは多分にある。それは後半部分でも理解できる。調べて驚いたが、時代は違うが、自分も東井師が関わりがあった小学校に通っていた時期があった。もちろんそこは素晴らしい学校だった。

自分がこの本に関して言いたいのは、

・なぜ時代錯誤を指摘される内容をそのまま電子化して多くの人の目に止まる形にしたのか。アーカイブの扱いで希望者に紙の本の配布をするだけではだめなのか。

・せめてあとがきではなく、冒頭に時代が違う旨、書くべきではないか

ということである。

電子書籍の仏教書は、紙の本を買うのはためらうけれども、電子なら買えるという手軽さがある。自分も友人に勧めると、紙の本ではないので各自ダウンロードして「あれ、読んだよ!」と言われることもある。それくらい敷居が低くなっているわけだ。そのような環境の中で、この時代錯誤の内容が、仏教を広めたいという意図と違った形で読者の心に影を落とすとしたら、非常に残念だ。少なくとも、仏教書を手に取ると言うことは、そこに某かを求めているわけである。読者の心は。それを大事にしてほしい。偉大な僧侶の功績を遺すということより、今の読者の心を見てほしい。

だからあえて自分は、地雷を踏む人がいないように、「この本は男女平等の現代に生きる人は読んではいけません」というブックレビューを残しておく。