如是我我聞

仏教書、お聴聞の記録をつけています。

妙好人と出遇って開かれる世界

 引き続き林師の著作。しかしながら、中は「おとうさん」と呼ばれ親しまれた前田政直氏の記録だった。稀有人、念仏者、妙好人・・・と呼ばれる方。

北の大地に念仏の華ひらく: おとうさんとよばれたひと (響流選書)

北の大地に念仏の華ひらく: おとうさんとよばれたひと (響流選書)

 

 

 自分はわりと妙好人の方の本を薦められることが多い。なんでかなあと思っていたが、心の中では、「妙好人を手本として、こうなりたいと思っている人が多いのかな」と考えていた。最近、何冊か妙好人の方が出てくる本を読んで考え方が変わったのが、出遇ってそういう世界があることを知ることができるというところが大事なんだなと思った。その人みたいになりたいのではない。その人と出遇って、そこで妙好人の方の近くに身を置くことで感じる世界があるんだなと思う。

聴聞も命がけになると、聞かしてくれる相手の人柄や日頃の行いなどを、ああのこうのといっておれんことになるのです。

この部分を読むちょっと前に、他の方と 法話をされる方の人柄について会話を交わすことがあった。自分はサラリーマンなので、話者にはきちんとした感じを求めていたのだけれど、最近は大分どうでもよくなってきている。そして「たしかな人の法話が聞きたい」という気持ちもあるのだが、行き当たりばったりで行ってみたりすることも増えた。なんか気が向いたから行ってみるという方がいいのかなと思ったりして。

人の善し悪しは言うべきものではない。ただ相手のお徳をいただくことによって、自然に相手の方がわかって下さるのだ。

ここは、一番自分が素直にうなずけないからハイライトした。本当に自分はこういう心持ちになれない。待てない。分別してしまう。仕事上でこればっかり。いくら仏教書をよんだりお聴聞していても、ダブルスタンダードな自分に嫌気がさしている。ここのストレスをどうしていくかというのが課題。

 

この本の「おとうさん」は、本当にこのような方がいらっしゃるのかというような方。現実世界でこのような方を目にできたら、自分にも新しい世界が開かれるかなと考える。とてもたくさんの言葉と、親しかった方の証言が掲載されているが、一番素晴らしいのは亡くなるまでの課程だ。どのような言葉を残されながら死へと向かわれたのか。死と向き合うためには一読をお勧めする。

 

★林師の著作

 

luhana-enigma.hatenablog.com