如是我我聞

仏教書、お聴聞の記録をつけています。

ほんとうに信じられたら、それに背いて生きられない。

林師の本、三冊目。

 妙好人に関する本はこれで4冊目かな。だんだん読み方がわかってきた。

妙なるいのちこのいのち: 赤禰貞子さん (響流ブックレット)

妙なるいのちこのいのち: 赤禰貞子さん (響流ブックレット)

 

 

 幼い頃から病を抱えて、人から見たら大変な人生を歩まれてきた赤禰貞子さん。赤禰さんに願われて僧侶となった林師。自らの人生と赤禰さんとの関係を始まりから振り返っている。

妙好人と呼ばれるような方々の生き様を、本を通してみるのだけれど、それは結局著者と妙好人の方の出遇いをなぞっているということなのだ。自分ではないけれども「出遇い」をちょっと拝見させていただくことによってほかの人も「つながっていく」ことを感じられる。

真実の出遇いというのは、真実の願いをこの自分にかけてくださる方に出遇うということだと思うのです。その願いには背けない。背く自分であればあるほど、そうであってはならないというか、その人に願われているような自分になりたい!という願いが深く湧いてくる。そしてその願いは自分で否定することが出来ない。その願いに生きるしかなくなる。

こんな風に真実の願いをかけられた友だちがいる。自分は直接その関係を見たわけではないけれども、「つながる」世界でその願いがかけられていることがわかるし、そうなっていくだろうと感じている。今が暗くてもその願いはずっと届いているね。

 

自分はどうなのだろうか。だれかに真実の願いをかけているだろうか。そして真実の出遇いをしているだろうか。自分でそう思うのは分別だろうか。願いをかけるほうもかけられる方も分別しかない人間ではあるが。でもそうじゃないこところを感じる。

こういう本を読んでいると、どこかに飛び込んでいけば出遇うこともあるのだろうかと思うし、出遇いに気がついていない自分かもしれないとも思う。机上じゃない、人間の根源のところで揺さぶられる感じがする。

 

 

■林師の著作

 

luhana-enigma.hatenablog.com

 

 

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