2022年6月26日(日)19:30
光慶寺仏教講座 正信念仏偈(30)「入生死園示応化」瓜生崇師
「遊煩悩林現神通 入生死園示応化」
(『教行信証』行巻【真宗聖典】206頁)
【神通力】
人間が特殊な能力を持つという可能性は否定できない。それを持っているから人を支配する資格があるわけではない。
神通力はあくまで人を助けていこうとしたときに身に備わっていくもの。
- 神足通(思い通りにどこにでも行ける自在の通力・諸仏の国を超過する)
曇鸞は「太陽の光があらゆる水に影を落とすようなものだ」という
⇒影のごとく身にそえり
- 天眼通(あらゆるものを見通す能力・諸仏の国を見通す)
『観経』の韋提希はこれをもってない。当時の人は「権化の聖者」(過去世に良いことをした人)と見たが、曇鸞はそれを否定。
- 天耳通(あらゆる音、声を聞く能力・諸仏の所説を聞いて受持する)
声を聞く=お聴聞 講師の思っている通りに聞く人がいない。たしかに。自分も引っかかるところだけを結局聞いている気がしている。
世自在王仏が法藏菩薩にいった「汝自当知」。法藏菩薩は仏国土を見せて欲しいという。答えを知るのではない。その歩みを見せて欲しいといったのだ。
仏教はだれかに教えてもらってわかることではない。連綿と考えて伝えてきた歩みが仏教。七高僧がみんな同じではない。いろんなひとが悩んで積み重ねてきた歴史。そのなかにわたしも加わっていく。
われわれが仏の教えを聞いていくということで自分たちとつながっていること。
- 他心通(他人の心のありさまを知る能力・諸仏の国の中の衆生の心念を知る)
- 宿命通(自身の無限の過去を知る能力・百千億那由他の諸劫の事を知る)
世々生々
あらゆる生きとし生けるものがかつてわたしにつながっているもの。
- 漏尽通(自身の煩悩が尽きて再生が消滅したことを知る能力)
わたしに仏のはたらきがはたらいていく姿。迷いの苦しみの世界ではたらいていく姿。
・生死園:われわれの世界。
・応化:ほとけさまがありとあらゆるものに姿を変えてわたしを目覚めさせにきている姿
・仏の覚りを得たものは浄土にとどまらない。
「本師曇鸞梁天子 常向鸞処菩薩礼 三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦」
(『教行信証』行巻【真宗聖典】206頁)
・経:お釈迦様の教え
・論:菩薩の書いたもの(龍樹、天親)
・釈:構想の書いたもの
・論註:曇鸞大師の書いたもの。釈にカテゴライズされるはずだが、親鸞聖人は「註論」と書く。梁の天子に菩薩と崇められた。親鸞聖人にとっては論の釈にとどまらない、曇鸞を菩薩とみていった。
親鸞聖人の見ている『浄土論』はすべて曇鸞大師の見方を通している。
「帰命無量壽如来」天親菩薩の帰命尽十方無礙光如来の高らかな宣言から
「南無不可思議光」曇鸞大師 讃阿弥陀仏偈より
『無量寿経』の12願と13願を持ってきている。
宇宙そのままである。永遠にはたらき続ける空の世界である。『教行信証』真仏土巻。
【曇鸞大師について】
・最初に学んだのは般若空。
・浄土論の源というべき内容。
・親鸞聖人は曇鸞大師を大事にされた。
論註は一日で読めるのか…。三経一論(浄土三部経と浄土論)を深く。自分で言うのもなんだけど、これだけ定期的に聞いていてもまあ原典を自分で読むのはちょっとずつしか出来ないなあ。