如是我我聞

仏教書、お聴聞の記録をつけています。

『歎異抄』を読む 第一条 その二(瓜生崇師)

2020年7月12日(日) 14:00-16:00

瓜生崇師 (真宗大谷派 玄照寺住職)

真宗ねこねこ法話会

『歎異抄』を読むー第一条 その二ー

浄土真宗の法話案内

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 我々は言葉でしか理解することができない。言葉をもって、言葉を破る。真如そのものの存在である阿弥陀如来は元からある世界のはたらきが互いに南無阿弥陀仏と呼び合う。

あなたは必ず本当の世界に目覚める

 

今救う。どれだけかかっても救う。違うようでいて同じこと。無限の命をもっているということは今救われるということ。宇宙のこと。

 

何回でも聞いたらいいんだ。何回でも聞いてそのたびに破られる自分の中の何か。「破られる」というのが真宗大谷派の独特の言い回しだというのを聞いたけれど、自分はこれがしっくりくる。自分の分別忖度が入らない一瞬のハッとする瞬間。純粋経験っていっていいのかな。これがある。それだけだ。

南無阿弥陀仏が言葉になって私のところに届いている。何回聞いてもハッとする。

 

◆歎異抄 第一条その一

luhana-enigma.hatenablog.com

 

◆宇宙を感じた時の話

luhana-enigma.hatenablog.com