如是我我聞

仏教書、お聴聞の記録をつけています。

如来の願いを聞く(瓜生崇師)

  昨晩、お聴聞から帰って、今日のお話はよかったけれども、とても個人的なところで特別なだけだから、ブログには書かないでおこうと思った。が、一晩寝て起きて、やっぱり書きたいと思ったのでTwitterでの宣言を覆す。

 

 自分は母の実家が富山県南砺市井波にあった。太子伝には毎年楽しみに行っていた。祖父母の親友は、周辺にあるお寺の住職。墓はそこにある。自分の家は富山市にあったが、土日はほとんど井波で過ごした。祖父母が病気の時は、井波から学校に通った。自分の帰りたい家はどこ?と聞かれたら、今の実家じゃなくて、井波を選ぶ。自分の幸せな家族の世界があった場所。墓参り以外行かなくなって久しいが。

 祖父母の死を通して生死を考え、そして親友の住職の素晴らしい法話が忘れられず今聞法をしている自分にとって、ここは仏教と出遇った原点なのだ。

 そんな自分の特別な場所で9月の連休初日に瓜生師の法話があるのを見つけた。迷わず行こうと思った。繁忙期だけれども。

 

 いつもの法話会場の感覚で、始まる数分前に行ってみて驚いた。だだっぴろい境内の開いてるところが車でいっぱい。受付で1,000円入れた袋をお渡ししたら、世話役の人が、「ちゃんとおつりあげっちゃよ。」というので、「なんいいがです」と言ったが、500円くれた。突如として富山弁に戻る自分が恐ろしい。本堂内はほぼ席が埋まってる。200人以上来ている。普通の日に来ても薄暗い本堂が、輝くばかりに阿弥陀様の周りが荘厳されていて、幼いときに太子伝にきた記憶がよみがえってきた。あのときは本堂がものすごく広く思っていたが。とにかくいままで来た法話で最大規模に遭遇。しかも井波。正信偈の全員でのお勤めも、すごくよかった。

 今日は真宗大谷派高岡教区第四組の同朋大会。周りの方は皆さんお知り合いの方が多いらしく、声を掛け合っている。もちろん、両親より上の大先輩のみなさんが多い。

 法話の冒頭、瓜生師のお寺の前住職も井波別院にいらっしゃった事があるとのことで、うちの祖父母もお会いしていたかもしれないなと想像。ご法話は、この大勢の皆さんの前でもエネルギッシュで時に笑いを交えたもので、たくさんの聴衆とのやりとりやうなずきの中で、会場全体で引き込まれる感じで進んでいた。

 途中休憩の時に、自分の周りの80代ぐらいの式章をした男性二人が、「1974年生まれちゃわかいぜ。47歳け。」(多分45・・・)「ゆっくりしゃべればいいがに、なんわからんのぉ」と話をしていた。ああ、やはり瓜生師の話のスピードは速いのか・・・。特に後方だと集中も切れてそうなっちゃうかなあ。やはり年齢によって、人生経験によって、聞ける話、聞けない話ってあるのかなあとぼんやり思いながら聞いていた。

 お話の後半、佳境、無明の私と法藏菩薩・阿弥陀如来の間での南無阿弥陀仏・称名・念仏のところで、前回聞いたお話より踏み込んだ内容を今回お聞きできた。自分が書くと陳腐化するのと、わからないことを正確に書けないので書かないが、踏み込んだ内容だ。わからないというところなのだけれども、その中でも、ああ、そこに自分は救いを感じることができる!と気がつける内容だった。法話で、ああ!と思えるとこがあった。同朋のみなさんの熱意あるうなずきが、すごい熱量とスピードでお話しされる瓜生師からそういうお話を引き出したとも言える最期だった。

 終わった後の先ほどの男性たち、「よかったのぉー。」と話していた。自分よりだいぶん若い布教師のお話は最終的に及第点だったらしい。後方で瓜生師の本が販売されていたが完売していた模様。

 真宗王国っていまどうなったのかと思っていたが、自分は今回行った同朋大会に参加されている皆さんを見て、真宗王国は生きていると感じた。皆さん、お聴聞されている人ばかりだと感じる。だから会場があのような雰囲気になるのだろう。講師が話すだけじゃない法話というか、場で出来上がってくる感じ。聞いているのは独り独りのはずなのだが、不思議だ。そして、講師の年齢は関係ないのだということも思う。

 すべてのプログラムが終了した後、そっと一番前にいって、阿弥陀様にご挨拶してきた。ああ、次はいつおあいできるだろう。今日は、この地でこのお話が聞けてよかった。ほんとうによかった。自分にとっては特別な時間だった。

 帰り道、ぷらぷら懐かしい町並みを歩いた。ふと見たお店。幼いときによく行っていたお店。自分が小学生ぐらいの時にそのお店にお嫁に来た方が、当時の面影を残してそこにいらっしゃるのを外から見かけた。涙が出そうに懐かしくなった。あれからどれだけの時間が過ぎたことか。

 同朋大会だけに、活動報告というのもあった。全く自分とは関係ないと思って聞いていたが、子供たちへの活動を聞いてふと思った。自分もかつてはお寺に触れた子供の一人だったのだ。なんかわからんけど寺に連れて行かれたことがあった子供の一人だったのだ。そんな子供が大きくなってまた阿弥陀仏の救いを聞くかもしれない。そうやってゆるやかにでも確実に、種はまかれて、芽が出るのを待っているのかもしれない。今も、昔も。

 

 以前に行った瓜生師の法話。

luhana-enigma.hatenablog.com

 

  現地で販売していた猫の本(表紙が猫)の電子版。

luhana-enigma.hatenablog.com

 

 以前書いた瓜生師の本のブックレビュー

luhana-enigma.hatenablog.com

 

 

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